TOP ≫ ARCHIVE ≫ 2007年03月
ARCHIVE ≫ 2007年03月
       次ページ ≫

≪ 前月 |  2007年03月  | 翌月 ≫

退職

昨日、市役所を退職した。

11時から、退職発令式が市役所で行われた。

自宅療養中だけれど、最後の日なので出勤した車


一人一人、市長から退職の辞令をいただいた。

退職者は全部で22人だった。

勤続25年以上の人たちに、表彰状と記念品を贈呈された後、退職者全員と、市長・助役・教育長等たちとの記念撮影があったカメラ


その後、支所に行った。

私の勤務先は、市役所の本庁ではなく支所なのだ。


支所でも、お昼の12時から送別式があった。

支所では勤続39年のIさんと、私と、臨時職員2人が退職するということで、みんなの前に3人並んだ(臨時職員1人欠席)

それぞれの所属長から花束の贈呈ブーケ1があり、その後一言ずつ挨拶をした。

Iさんが感極まって涙を流し、話せなくなってしまい、私もつられて涙ぐんだしょぼん

その後、私の挨拶の番だった。


しかし、思っていたよりも落ち着いて挨拶をすることができた。

何を話そうかいろいろ考えていたけど、いざ前に立って挨拶をすると、口から勝手に言葉が出てくる。

なんだか最後だという実感があまりなくて、冷静に話せたと思う。


式が終わってから、同期のHちゃんが号泣しながら「ほんまに、よう頑張ったなあしょぼんあせる」って抱きしめてくれたとき、私もつられて号泣してしまった。

税務課と総務課の前で、お客さんもいたので慌てて裏に隠れたあせる

そのときに初めて、ああ今日で終わったんだな~と実感した。


その後支所長室で話したあと、教育委員会へ行った。

職員のみなさんから餞別の品をいただき、あらためて退職の挨拶をした。


しばらくすると、同期のHちゃんとYくんが、一緒に写真を撮ろうと言ってカメラカメラを持ってやってきた。

この2人は、私の病気を誰よりも理解してくれて、いつも応援してくれて、お互いに悩みを相談しあったりして精神面でもいろいろとサポートしてくれた。本当にありがとうねしょぼんドキドキ


その後、大量の荷物をもって事務所を出て駐車場へ向かったが、Yくんが最後までついてきてくれて、一緒に荷物を運んでくれた。

「挨拶をする前、お前に泣くなよ’って言ったけど、挨拶を聞いてたら俺が涙ぐんでしまったわ。やばかったあせる」って言ってくれて、駐車場でまた私が泣いてしまったあせる

いろんなことがあった13年間だったけど、不思議と未練や後悔はなく、淋しさだけが残ったけど、それもスッキリした感じの淋しさだったクラッカー

やることはやったし、仕事に手を抜いたこともなかったし、満足感で満たされていたのかもしれない。

何よりも、私の退職を残念がってくれて泣いてくれた人たちの気持ちが嬉しくて、幸せだなと思った。

本当にいい人に恵まれて、楽しく仕事できたことに感謝していますしょぼんドキドキ



花束


これは頂いた花束ブーケ1

右の花かごは、昔臨時職員として働いていたRさんから、職場に送られてきた。



餞別の品


これは教育委員会のみなさんから頂いた、餞別の品。

クマ好きの私を知ってか、クマのぬいぐるみが入っていて、これを見てまた泣いてしまったあせる

主人とおそろいのスリッパと、エプロンのセットでした。

ありがたく使わせていただきます音譜


帰るときに、保健センターにも寄ってくれと言われていたので、行った(保健センターは建物が別なのだ)

ここには保健師さんと栄養士さんがいる。

私は就職して一番最初の配属先が健康福祉課だった。保健センターは健康福祉課の所属になるので、いろいろとお世話になったのだ。

そこでもいろいろと話をした。

保健師さんはクローン病のこともわかっているので、「ほんまに、よう頑張ったよなニコニコ」って言ってくださった。

行くところ行くところでみんなが泣いてくれて、そのたびに私もつられていっぱい泣いた。


長い1日だった。

最後が自宅療養になってしまい残念だったけど、でもスッキリした気持ちで終わることができたので本当によかった合格

これからは、体調を整えることに専念します!!








仕事の引継ぎ

昨日は、午後から職場に顔を出した。

課長補佐の人から電話がかかってきて、仕事の引継ぎ書を作っておいてほしいと言われたからだ。

書類を見なければ作れないので、職場に行って作ることにしたのだ。


久々に自分の机に座って、パソコンを立ち上げた。

うちの職場は、一人一人のパソコンに個人のデータを入れていて、認証しないと立ち上げられなくなっている。

職員証の中にチップが埋め込まれていて、それで個人確認するのだ。

パソコンを立ち上げ、職員証を差込み、パスワードを入力する。

認証されれば立ち上がる・・・というふうになっている。


と・こ・ろ・が!!

パスワード忘れちゃって・・・・・ガーン

自分で決めたパスワードなので、周りの人に聞いてももちろん誰も知らない。

厄介なのは、銀行のカードと同じで3回失敗するとパソコンにロックがかかってしまって反応しなくなるのだ爆弾

その場合は、情報推進課へ連絡してロック解除してもらわないといけない・・・という情けないことになりますしょぼん

実は過去にも一度やらかしている私。学習しろよ~ってかんじですねあせる


さて、運よく?2度目の入力で立ち上がり、早速引継ぎ書を作った。

しかし、いくら病休中とは言え、窓口に来るお客さんにはそんなこと知ったこっちゃない。

机に座っていると普通の職員なのだ。

だからいつものように名札をつけ、窓口の来客対応もして、ジャンジャンなる電話にも出て、来客にお茶出しもしながらだと、なかなかはかどらない汗

しかも、忙しく動き回るから段々しんどくなってきて・・・ドクロ

ちょっと動くと息が切れるし、食べてないからカロリー不足でだるくてだるくて・・・しょぼん

なかなか疲れた1日だったガーン


ちなみに、引継ぎ書を作ってからついでに机の中を片付けた。

機密文書等は全てシュレッターをかけて、それ以外の文書はリサイクル用紙とそれ以外の紙ごみに分けていった。

いろんな懐かしい文書が出てきて、そのたびに手が止まった。

ロッカーには、それほど荷物を置いていなかったので、すぐに片付けられた。

作業服と防災用の長靴も、ほとんど新品同様。

作業着には名前が刺繍されているけど、一応これは貸与ということなので返却する。

だいたいの片づけが終わると、結局6時くらいになってしまった。


それにしても、片づけをしているとまた後ろ髪引かれるような気持ちになるんじゃないかと心配していたけど、意外にさっぱりしていた。

自分の居場所がなくなる・・・という喪失感はあるけど、もう自分の中ではけじめをつけられたようだった。


30日(金)、退職の辞令をもらいに職場に行く。

この日が最後の出勤日となる。

いろいろあった13年間だったけど、今は満足していますニコニコ




皮膚科

今日は皮膚科へ行ってきた。

1ヶ月ほど前、タートルネックのセーターを着たときに、猛烈なかゆみに襲われた。

首が、イガイガするというかかゆいというか・・・

今まで着ていても平気だったのに、急にあわなくなったのだろうか。


その日から、首の皮膚がまっかっかになって、かゆくてかいてしまうから余計に悪化爆弾

顔に塗る化粧水で保湿をしようとしても、よけにかゆくなってしまったり。

その結果、首周りだけ(鎖骨の上まで)すっかりガサガサになってしまった。

かきむしって、血が出てしまいショックだったしょぼん


きっかけはタートルネックだと思うけど、こうも1ヶ月も引きずるなんておかしい。

絶食中のため、脂肪が足りてなくてカサカサなのか?

まさか、イントラリポスで薬疹!?


いろんな可能性が考えられるけど、やっぱり皮膚科で診てもらおうと思い、行ってきた。

最近できたばかりの皮膚科へ行ってみた。

クローン病であることや、今飲んでいる薬なんかも説明しないといけないので、面倒くさかった。

・・・というより、皮膚科の先生ってクローン病をどこまで理解しているのだろう?

一応医師だから、お勉強はしたかもしれないけれど、詳しくは知らないよねえ。

外来中、そばにいる看護師さんなんて、ペンタサとか初めて聞く名前らしく、全然わかっていないようだったしょぼん

クローン病も、糖尿病ぐらいメジャーな病気だと話も早いんだろうなあ・・・と思ったよ。


他にもどこか自覚症状がないかと聞かれたんだけど、少し前まで目の周りが赤くてかゆくてひどかったけど、保湿力のある化粧水に変えてからかなり改善された、と話した。

おでこがまだたまにカサカサしているけど、これはそんなに気にならない。


結局塗り薬が出た。

首だけでよかったのに、顔の薬まで出てたよダウン

顔に塗る薬は「ワセリン」と「アルメタ軟膏」を混ぜたもの。

そして首に塗る薬は「ボアラ軟膏」だった。

どちらもステロイドが入っているようで、家に帰ってからパソコンで調べまくったよパソコン


顔に塗るほうの「アルメタ軟膏」より、首に塗る「ボアラ軟膏」のほうが強いステロイドのようだった。

1週間~10日後くらいに、薬が効いたかどうかを診たいのでもう一度きてくださいと言われた。

短期間だけ少量のステロイドを使用するなら、何の問題もないと言われた。


でもね・・・・・

ステロイドには異様に反応してしまうのよ。

プレドニンを飲んでいたこともあるし、とくに塗り薬はリバウンドするんじゃないかと不安で。

薬を塗る→効いたから塗るのをやめる→前より悪化→さらに強いステロイドに変える・・・といったような、ステロイド依存になるのではないかと不安で。


顔に塗るほうはワセリンと混ぜてあるし、まだ安全かなと思うので、これを首に塗ってみようか。

それとも出されたとおり、塗ったほうがいいのか。

なんか怖いわあ~あせる







私の主治医

私の主治医は、本当にいい先生だ。

先生との出会いは、病歴のところにも書いているけれど、私が24歳・先生が27歳のときラブラブ

とにかく男前の先生なので、女性患者さんはみんな目がハート状態だったラブラブ!

そのときは私の主治医じゃなかったんで、ほとんど話すこともなかった。


その後、私が27歳・先生が30歳のときに私の主治医になった。

それ以来、かれこれ8年のお付き合い。

こんなに男前の先生なのに、お尻を見せたり、指つっこまれたり・・・しょぼんハートブレイク

まあ、でも恥ずかしがっているわけにもいかないから、開き直ってたけどね。


先生のいいところは、思いやりがあって本当に優しいところ。

病気だけしか診ないような医師もいるのに、この先生は患者さん思いで、本当に心が癒されるのだドキドキ

だから、患者さんだけにとどまらず、看護師さんの中にも彼のファンは多い音譜


そんな先生が、最近ちょっと変わってしまった。

医師不足のため、消化器内科の規模が縮小してしまい、消化器内科医長である先生の負担が増えてしまったからだ。

今までがいい先生すぎたのかもしれない。


しかし、そう思っていたのは私だけではなかった。

点滴を受けているときに主治医の先生の話になり、「最近、先生変わってしまったよね・・・」という看護師さんがいたのだ。

看護師さんの中でも、人が変わってしまってるという話になっているらしい。看護師さんにも丁寧だったので、評判がよかったのだ。それが・・・今は本当に余裕がないんだろう。



今日、点滴のために病院へ行った。

点滴が終わってローカに出たとき、先生に会った。

「先生!」と話しかけると、「ああ、診断書もらってくれた?」と言った。

診断書・・・先週私の目の前で書いて渡したことを忘れているようだった。

「はい」と言うと、うなずいて行ってしまった。

ちょっと相談したいことがあったんだけど、話す暇もなかったしょぼん


どこの病院も、医師というのは忙しいものだ。

だけど、今まで4人で診ていた患者を2人で診ている・・・という状態が、もう何ヶ月も続いている。

先生の人格を変えてしまうほどのこの忙しさから、少しでも先生を解放してあげられたら・・・と思うけれど、どうにもできない。

先生が倒れないことを祈るのみだしょぼん





夢でうなされる・・・

私はよく夢を見る。

本当はみんな夢を見ているんだけど、覚えているか覚えていないかだそうだけどね。

目が覚める直前まで見ている夢を覚えているとも聞いたことがある。


私の夢は本当にとっても単純なのよガーン

寝る前にした話とか、寝る前に見ていたテレビに出ていた人だとか。

そういうのが夢に出てくるときは、私って本当に単細胞な人間だな~と思う。


今日、朝起きて主人のお弁当作って洗濯物を干してから、珍しく二度寝した。

これがいけなかったんだ~爆弾


夢の中での私は・・・皮膚瘻再発ドンッ

もう、ショックでショックで号泣していました。

目が覚めて・・・なんだか頭がボーっとしてて、何がおきたのかよくわからなかった。

そのうち夢を思いだして、ああ、夢でよかった~と一安心ガーン

よっぽど皮膚瘻を恐れているんだなあと思ったよ。

でも正夢になっちゃうと嫌なので、誰かに話さないといけないね爆弾


ちなみに、私には子供の頃からよく見る夢がある。

それは遅刻する夢。

正確には、遅刻しそうになって慌てている夢


シチュエーションは、高校生だったり大学生だったり社会人だったり。

そのときの夢によって違うんだけど、とにかく遅刻しそうになって焦っているんだよねあせる

ちなみに、私は遅刻をしたことは1度もないんだよ得意げ

したこともないのに、夢の中ではいつも慌てている・・・

これって、いつか夢占いのようなものを見たとき、あんまりいいこと書いてなかったのよね。ダウン

何が書いてあったかは忘れてしまったけど。

とにかく、遅刻しそうになる夢をよく見ます。不思議だね目

ちなみに二度寝すると・・・頭が痛~いガーン





障害年金の書類完成!

この間の外来で、やっと先生が診断書を書いてくれたので、私も残りの書類に記入することにした。

たくさん書類があるので面倒くさくなって、先生の診断書が書けてからでいいや・・・と放っておいたのだったあせる


書類の中に、病歴状況申立書っていうのがあるんだけど、その中で治療の経過を書くところがあるのね。

これが、いつからいつまでどこの病院でどんな治療して、そのときの状態はどうだった・・・みたいなことを書くようになっているんだけど、はっきり言って書きにくい!汗


どう見ても、もう障害が固定してしまっている人用に作られた書類に感じるのね。

クローン病のように、長期でずっと医療機関に罹って、しかも症状は日々変化していくのに、こんなスペースに書ききれるわけないのさシラー

簡単に書こうと思っても、私みたいに病歴が長くなっちゃうとこのスペースではおさまりきかないよ~爆弾


この書類をそろえてくれた同期のHちゃんはとっても気の利く子なので、書類を2枚用意してくれていた。

「くまっこちゃん、病歴長いから1枚じゃ書ききれないと思って・・・ニコニコ

でも、ごめんね。これでも足りないのだ~爆弾


っつーか、14年にわたる治療の経過を全部手書きで書くのは本当に疲れる。

誤字脱字も多くなるし。

なので、勝手にパソコンで様式作っちゃいましたにひひ

14~15年間の私のクローンの歴史?を表にして、見やすく分かりやすく、簡単に記入したつもり。

それでも2枚にわたって、小さな字でびっしりになっちゃった・・・。これ、読む人も疲れるだろうね~ガーン

しかし、改めて読み返すと、本当にハードな14年間だったなあと思った。

これで、よく仕事を続けてこられたなあ・・・と、初めて思ったよ。

本当に周りの人の理解と支えがなければ、私はここまでこれなかったと実感したよしょぼんドキドキ


書類が出来たので、控えのコピーをとりにコンビニに行った。

身体障害者手帳と、銀行口座の通帳コピーもいるのでそれもとった。

あとは、戸籍を添付すれば完成合格


これで通るかどうかはわからないけれど、とりあえず駄目で元々なので請求してみようと思いまーす音譜

祝☆重湯開始!

今日から重湯開始ドキドキ

2ヶ月ぶりのお米の味を想像しながら、お粥を炊いた。

出来上がったお粥と重湯をミキサーに入れて攪拌。

本当は、ミキサーでやるとミキサーが傷むというか故障するかもしれなくて、やっちゃいけないみたいなんだけど、私は毎回ミキサーを使っています。


2ヶ月ぶりのお食事クラッカー


重湯


重湯とお味噌汁(お汁のみ)、お茶・・・というシンプルさながら、これだけでお腹いっぱいショック!あせる

あれだけ食べたい~と願っていたのに、思っていたよりも胃が小さくなっていたようでビックリ爆弾

そういえば、入院中もいつも長期絶食後の食事は食べられなかったな~。

まあ、そのうち元に戻るんだけどね。


でも今はこれくらいのほうが食べ過ぎなくていいかもしれない。

しばらくはこの状態でやってくか~チョキ


ちなみに・・・やっぱりおいしかったわ~しょぼんキラキラ

お米の味って、本当においしいねドキドキ

食卓には味塩を出していたけど、なくても全然平気チョキ

重湯は1日2食にすることにした。

入院してると3食出てくるけど、まだエレンタールを5包やっているし朝はいいかなと。

なので、昼・夜に少しずつ飲んでいくことにしようキラキラ


まだ第1段階だけど、やっと前へ進めそうですニコニコ


外来日

今日は病院へ行ってきた。

毎週やってるイントラリポスのためだ。


毎週通っていると看護師さんも私のことを覚えたようで、最初から手の甲に針を刺すようになった・・・ガーン

ま、私が以前「もう手の甲でいいですよ」って言ったからなんだけど。


点滴をしている最中、看護師さんに「今日は外来なの?」と聞かれた。

今日は点滴だけで、外来は来週なんだと伝えると「あらそう?点滴が終わったらカルテを外来に返してって言われてるんだけど・・・」と。


いや~な予感爆弾

先月、障害年金請求のために、診断書を書いてくれと預けていた。

超忙しい先生なので、1ヶ月の猶予まで与えたのだひらめき電球

そして、今日診断書ができあがっているはずなのだ。

でも・・・カルテを外来に返すということは・・・・先生、診断書書いていないんじゃ・・・・ガーン


先週点滴に来たとき、よほど「先生!来週ですからね!忘れずに書いてね!」って念押しに外来に駆け込もうかと思ったのよ。

でもまあ、いくらなんでもね~と思いとどまり、おとなしく帰ったのに・・・

ああ、やっぱり念押しに踏み込むんだったわ~むかっと思い、看護師さんに話した。


すると、看護師さんが「外来の看護師に聞いてみるわ」と。

そして・・・・やはり思ったとおり診断書は書けていなかった・・・むかっ

でも「半分は書いてるんだってあせる」とのことだった。

半分?もう半分はいつ書いてくれるのよ~ビックリマーク


まあ、こんなことだろうと思っていましたよ爆弾

すると、「今から書くから、点滴終わったら外来に来てって先生が言ってる」と。

今から書く~!?外来やってるのに~!?

他の患者さんごめんなさい。ただでさえ待たされるのにね~・・・


そして点滴終了後、外来へ行った。

看護師さんに診断書を取りにきた旨を伝えると・・・・

「ごめんね、1ヶ月前に預かっていたのにね。先生まだ書けてないみたい・・・ちょっと待っててね」と。


そりゃそうでしょーよ。

外来やってるのに診断書なんて書けるわけないじゃんパンチ!


すると、外来に呼ばれたビックリマーク

「ごめんね~、今から書くから!待ってて~あせる」と焦る先生。

忙しいのはわかっているし、どうせこんなことだろうと思っていたので怒る気にもなれず、先生が書くのを見ていた。

そこで先生は、診断書を書きながら恐ろしい話をしてくれた・・。


消化器の医師は6人いた。

私の先生はいつの間にか消化器内科の医長になっている。

NO.2の先生は、現在休職中。

NO.3の先生は、実家の開業医を継ぐため退職。

レジデント?たち2人は3月末で転勤。


ということは、先生と、NO.4の先生の2人になるのだ!

一気に4名減?こんなんで外来どころか病棟の入院患者受け入れもできないんじゃないの!?

「そうなんだ~しょぼん入院も制限しないといけない。外来患者さんも、紹介で来た人はなるべく元の病院へ帰ってもらってるんよ」と。


実は産婦人科も恐ろしいことになっていた。

医長含めて3人でやっていたのだが、医長1人だけになってしまい、残りの2人は転勤。

当然、1人では産科ができなくなる。

ということで、しばらく産科は閉鎖。医長1人で外来をやっていくことになったそうだ。


消化器、産婦人科だけではない。

どこの科も減になっていて、病院の中で医療崩壊がおきているのだ。


私のかかっている病院は、総合病院です。それもかなり大きな規模の国立病院。

国立病院でさえこんな状態だと、他の病院はもっと大変なのだろうか?


もし、消化器内科も閉鎖されたときは、転院しなければならないが、そこそこマシな治療(クローン病を診れる病院)を受けようとすれば、H医大病院に転院するしかないのかと思った。

せめて、妊娠・出産はH医大でないと不可能かもしれないな。


こんな話をしながら、先生はやっつけ仕事のように診断書を書いていた。

なんか・・・先生がかわいそうで診断書なんてどーでもよくなっていた自分がいた・・・ガーン


来週が外来だったのだけど、ついでに今日薬出すよということになり、ついでに診察になった。


今日で絶食60日目ビックリマーク

われながら、よく頑張ったもんだわ~ニコニコ

というわけで、重湯を開始することになったクラッカー

とりあえず2週間重湯にして、変化なければ3分粥にあげることにした。

次の外来は1ヵ月後。

1ヵ月後に外来に来るときは、3分粥を食べているはずだけど、うまくいくといいな~キラキラ




メソメソ・・・

昨日は、久々にたくさんの人と話す機会があった。

いつもほとんど家に引きこもっているような状態なので・・・


久々に実家に行って、母と姑さんがランチに行くのについて行ったナイフとフォーク

よりによって、この二人は洋食の店に行ったガーン

ステーキランチを頼んでいて、店中バターの匂いというかなんというか・・・

自分が食べられないのに目の前で人が食べていることは別になんとも思わないのだが、この匂いでかなりやられた。

気分が悪くなってきたのだ・・・爆弾

空腹なうえに、バターのあの油の匂い・・・酔ってしまったというかんじダウン


3時から、個人年金をかけている生命保険の人がきて、職場で団体引きしていたのを個人の口座から落とす手続きをする。

夕方には、同じ課の男の子がホワイトデーのお返しを持ってきてくれた。


そして、夜には同期のHちゃんが花を持ってきてくれた。

主人は友達との飲み会だったのでいなかった。

Hちゃんとは夜の11時くらいまでいろいろ話していた。


急にたくさんの人と話したからなのか、なんだかかなり情緒不安定だった。

仕事に対しての思いとか、いろんなことを考えてしまって、気分はかなりブルー。

こんなときに限って主人もいない・・・


0時すぎたころ、そろそろ寝ようかなと歯磨きしていたら、主人が帰ってきた。

いつもと違う私に、主人も変だと思ったようだ。

そこで一気にぶわ~っと感情があふれ出してしまった・・・・しょぼん


私、本当に仕事辞めてもいいの!?

なんだか自分の居場所がなくなるようで不安だ・・・・

私だけ家でゴロゴロして、あなたの重荷になってしまう・・・・


珍しく、全てがマイナス思考になってしまい、とりとめのないことを話しながら泣いたしょぼん

主人は「何もしてないわけじゃないやん。ご飯だって作ってくれてるし、お弁当だって入れてくれてるし、家事してるやん」と言ってなぐさめてくれたけど、一度気持ちが落ち始めるとなかなか浮上できないのだった。

私は何か仕事を与えられないと駄目なようだ。

じっと家庭におさまっているタイプではないことは承知しているが、ここまでヒドイとは。

疲れて帰って来た主人も、早くお風呂に入って寝たいだろうに、ずっと私のグダグダ話に付き合ってくれた。

ずっとこんなんだと主人に悪い。しっかりしなくちゃね。


ようやく寝ようとしたら、主人が「リラックマ読んで元気出しニコニコ」って。

昔入院中に泣いていた私に、主人が買ってくれた本だ。

そうだね・・・久しぶりにゆっくりのんびり読んでみようかな・・・・クマラブラブ



りら本


これ、癒されるんですよ~しょぼんラブラブ







送別会

今日は、職場の女性職員が、3月末で退職する女性職員のみの送別会を開いてくださった。

私も案内をいただいていたが、自宅療養中に加えて絶食中なので、お断りしていた。


送別会の帰りに、同期のHちゃんが来てくれた。

障害年金のことでもいろいろと奔走してくれた彼女だ。


女性職員一同からということで、鉢植えとお菓子をいただいた。



花


13年間勤めてきて、いろんなことがあった。

楽しいことも辛いこともあったけど、不思議と仕事が大好きだった。

辞めたいと思ったことは一度もなかったんだな。

人間関係で悩んだこともほとんどないし、そういう意味では私は本当に幸せ者だと思う。

周りの人に助けられて、ここまで頑張れたんだな・・・と。

改めて、周りの人々に感謝しますキラキラ

ありがとうございましたm(_ _ )m

退職の実感を日々噛みしめています。

この先どうなるかは本当にわからないけれど、悩んだ分だけ進歩があると思います!

そう信じて頑張らなきゃねニコニコ