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眼科へ

入院記録が途絶えてますが・・・・。

また書けるときに書きますね。


今日、眼科へ行ってきました。


普段、家にいるときはメガネなんですが、外出するときはコンタクトレンズをしています。

1ヶ月入院していたとき、病院ではずっとメガネをかけていて、退院時に1ヶ月ぶりにコンタクトレンズを入れたんですよね。


そしたら。

左目が痛くって・・・・汗


私はハードレンズを使用しているんですが、ゴミとかが入ると目が痛くなります。

すぐに目の異常がわかるので、目にはハードのほうがいいそうですね。

でも、ゴロゴロするし結構違和感もあるんですよね。


さて、東京から退院してきた日は、家に着くころには左目がかなり痛くって、目薬してもコンタクトレンズを外しても痛みは消えず。


翌日は痛みが治まっていたんですが、メガネで過ごしました。


その翌日からは、外出時だけコンタクトを使ってましたが、寝不足の日とか、乾燥している場所に行くと(暖房のきいているお店とか)痛みが出る感じ。

いくら目薬しても、あまり変わらないんですよね。


眼科に行きたかったんですが、なかなか行けなかったので、今日思い切って行ってきました。


いろいろ検査をしてもらって、先生に診てもらうと、左目の角膜に傷がついているのがわかりました。

コンタクトレンズ自体にも結構傷がついているそうでした。

痛くなかった右目のレンズにも、傷があるとか。


あと1年くらい使って、新しいのに変えたほうがいいねって言われたので、思い切って今日変えることにしました。

視力も、右目のほうが見えにくかったので・・・。


目薬を2種類処方されて、1日4~5回点眼するように言われました。

それと、3~4日間ほどコンタクトレンズ禁止。

メガネは度数を緩めに合わせてあるので、家の中ではいいんだけど、外だとちょっと不安なんですよね・・・。

まだ昼間はいいんだけど、夜間の運転とか。

この際、メガネも思い切って作りなおそうかなとも思っていますglasses*



レミケード 30回目

連日の病院通いでさすがに疲れてきたので、今日は父の見舞いにはいかず、家にいます。

とは言っても、さっき眼科に行ってきましたが(それはまた別に書きます)


さて、昨日は30回目のレミケードでした。

前回投与が9月5日だったので、何週間ぶりかな?


先月オペを受けて皮膚瘻はなくなったんだけど、レミケードは継続投与したほうがいいとのことで、継続することになりました。


病院について採血を済ませてから、父の部屋へ。

抗生物質をやっていますが、劇的に効いている感じもなく・・・。

でも、私が卵管炎を起こしたときのブログを見てみたら、当時私もCRP28とかで、抗生物質の点滴を毎日3本やってて、平熱に戻るのに1週間かかってました。

父もそれくらはかかるのかもしれないですね。

昨日も、お昼前にはすでに37.8度まで上がってました。


あんまり病気慣れ・病院慣れしていない父ですが、思ったより冷静で大人しくしてました。

熱のせいでしんどいのもあるんだと思うけど、本人は「しんどくない」んだとか。

熱慣れしてきたのかな・・・。


12時になったところで、私は診察へ。

採血結果はとてもよくて、アルブミンも3.8まで戻ってました音譜

CRPは2日くらい遅れて出るって言うけど、アルブミンはもっと遅れて出るんですよね。

1週間くらい前の状態だったかな?


脱水も貧血もなく、退院直前の採血よりもよくなっていてよかったです。


と言うわけで、レミケードを打つ化学療法室へ。

レミケードでアレルギーが出る患者さんの話をしていたんだけど、私はまだ一度もそれらしき症状は出ていません。

今回投与期間がちょっとあいたので大丈夫かなと思ったけど、何事もなく終了。


会計を済ませて、もう一度父の部屋へ。

母が来ていました。

しばらくいて、帰りました。

また明日行きます。



採血の結果


総淡白     8.2

アルブミン   3.8 

A/G比     0.9 

総ビリルビン  0.3

AST(GOT)   33

ALT(GPT)   37

LDH      161

T-Cho    141

血糖       90

尿素窒素     8

クレアチニン 0.47

eGFR    112.9

Na        140

K         4.0

Cl        102

CRP     0.18

白血球数    4.8

赤血球数    438

血色素量   12.7

ヘマトクリット40.8

MCV     93.2

MCH     29.0

MCHC    31.1 

血小板数   30.5

赤沈30分法 13.0

赤沈1時間値32.0

赤沈2時間値73.0



いつもより、たくさん載せてみました。

一体なんの数値なのかわからないものもあります(笑)


入院時には肝機能が恐ろしい数値になっていたんですが、ウルソを飲み始めたのでかなり下がってました。

昔も飲んでいた薬なんですが、やっぱり継続して飲むほうがいいんですかね。



父、入院

タイトルの通り、昨日父が入院しました汗


先週から、風邪だと思って近所の内科に行ったみたいなんだけど、風邪薬が全く効かず。

鼻や咳といった風邪の症状もなく、熱と吐き気、下痢で、食欲が全くなくてご飯が食べられず。


昨日、紹介状を持って大きな総合病院を受診したんですが、CRPがかなり高いので即入院とのことでした。

でも生憎、その病院のベッドに空きがなくて。


私がクローンで通っている総合病院に紹介状を書いてもらい、父を連れて行きましたあせる

CTの結果、腎臓の周りに炎症を起こしているとのことで、腎盂腎炎だそうです。


しばらく抗生物質の点滴で叩いていくことになり、入院になりました。

昨日のCRPは24という、クローンの私でもびっくりな数値。

数日食べられなかったので、アルブミンも2.1。

よくこんなになるまで我慢したね、って感じ。

私の主治医にも、「もっと、はよ来なあかんわー。お父さん我慢しすぎやで」って言われましたあせる


主治医は、若い女医さんになったんですが、私の主治医も覗いてくれますラブラブ

ちなみに昨日は私も外来だったので、父がCTを受けている間に外来行ってきましたあせる

昨日は病院をハシゴして、1日中バタバタして、病み上がりの私にはかなりきつかったです汗


今日も病院に行ってきたんですが、昨日よりはマシになったようで、食事が摂れるようになってきました。

でも午後になると熱が上がります。

今日も38.5度でした。


ここ20~30年、風邪すらひいたことがないというくらい元気な父でしたが、さすがにグッタリでかわいそうでしたくま

明日は私はレミケードなので、レミケードの合間に部屋に行こうと思います。

やっぱり私と同じ病院にしてよかったです。

違う病院だと、ハシゴするだけでもしんどいしね。

この病院には20年通っているので、先生も看護師さんにも知り合いが多いし、何かとよくしてもらえてありがたいですラブラブ


というわけで、しばらく父の様子を見に病院通いするので、ブログ更新が滞ると思いますが、また書けるときに書きますね。


暗い話題になったので、最後に今日の晩ご飯でも。



くまっこのクローン病日記-酢鶏

酢豚の鶏肉バージョン、酢鶏ですラブラブ

忙しくて買い物すら行けないので、冷蔵庫の中のもので適当に作成。

あとは、サンマの塩焼きとお味噌汁、残り物でいただきますくま

入院記録 その3

入院記録の続きです。


10月17日(水) オペ後1日目


オペの翌日です。


朝になって、ようやく酸素マスクを外してもらえました。

本当に息苦しかったので、嬉しかったです。


今回の硬膜外麻酔は、吐き気も痛みもなくって本当に楽でした。

ところが・・・・。


実は、この硬膜外麻酔がかなり効きすぎていたようで、血圧が低すぎるとのこと。

上が70とかで、何度も血圧を測られる。

挙句の果てに、硬膜外麻酔を一旦止めます・・・とのこと。

もう、これは恐怖でした汗


止めてしばらくは平気でしたが、段々痛みが出てきて・・・。

ちょうどその頃に、看護師さんが「体拭きましょう~」と来てくださったんですが、痛くて痛くて、こっちはこれどころじゃない!


体を拭くためや、着替えのために、右を向いたり左を向いたりしないといけないんだけど、本当に痛くって無理でした。

それで、着替え等の処置中だけでも、硬膜外麻酔を再開してほしいとお願いしていたら・・・。


肛門科のもう一人の主治医がやってきました。

看護師さんが事情を説明して、処置中だけでも麻酔再開していいかを聞いてくれた。

そしたらあっさりと、「いいよ~」って汗

しかも、「そんなに痛いのに無理しなくていいよ。硬膜外麻酔、やってていいよ。血圧を上げる方法は他にもあるから」と。

だったら、何で一旦止めたんだ・・・くま


血圧は元々低めなんだけど、この時はかなり低かったみたいです。

血圧を上げるために一旦止めた麻酔でしたが、痛みがひどいために再開。

その後、結構何度も血圧測られたけど、大丈夫だったみたいです。

昇圧剤でも使ったのか?

真偽のほどは、不明です。


お腹の左側にドレーンが入っていたんだけど、チューブがお腹から出てバッグに繋がっていたわけではなくて、数センチ出たところでカットしてあって、ガーゼで覆われていただけみたいです。

でも、結構排液があったみたいで、お腹の傷のところも濡れていて、何度も着替えをさせられました。

何度目かに、ドレーンのほうにもパウチを貼ってもらい、これで漏れることもなくなった。


主人と義母も来てくれたけど、麻酔が効いていてとにかく眠くって、あまり話せなかった。

向こうが言ってることはよくわかるんだけど、返事するのがしんどいというか、気だるい・・・って感じでした。

義父もなんとこの日上京してきて、顔だけ見たらすぐ帰る・・・とのことで、お昼には3人とも帰っていきました。


この日は本当に麻酔がよく効いていて、昼も夜もずっとウトウトしてました。

細切れに眠って、すぐに目が覚めるんだけど、またすぐ眠れる・・・といった感じでした。


本当は、オペ翌日には自分の部屋に戻るんだけど、翌日にオペがなかったのか?それとも11時間の大手術だったことが影響していたのか、なぜか部屋に帰らずに観察室にいました。


観察室は4人部屋で、4人までしか入れません。

前回のオペのときは、一番最後のオペだったので、病棟に戻ってきたときにはもう観察室がいっぱいで、いきなり大部屋に帰ってきました。

しかも硬膜外麻酔の副作用の吐き気が酷くって、翌日には麻酔を抜いて、それからはかなりの痛みに襲われて、ず~っと唸ってて、泣いてました。

6人部屋なので、同室の人には本当に迷惑をかけたと思います・・・。

今回は麻酔がよく効いたので、痛みはなかったんですが、翌日も観察室のままでした。


カーテンで覆われているので、他の3人がどんな人なのかもわかりませんが、男性もいたようです。

隣の年配の女性が、ずっと「誰かいる」って言い続けていて気持ち悪かったです・・・汗

どうも、見えるはずのないものが見えるようで・・・。

本当に見えているのか、麻薬のせいで幻覚を見ているのかは不明ですが。

ず~っと見えると言い続けていたので、看護師さんも大変そうでした。


こうやって、オペ後1日目が過ぎていきました。



続きます。





入院記録 その2

入院記録の続きです。



10月16日(火)


オペ当日です。


朝9時にオペ室に行きました。

オペ室の前で、内科の先生2人に会って、泣いてしまいました。

わざわざ会いに来てくださったのか、偶然だったのか(笑)はわからないけど、嬉しくて。


オペは私の中では、あっという間に終わった感じ。

麻酔で眠っているからね。

実際は、11時間かかったオペでした。


オペ室で起こされ、意識が戻ると口の中~気管にかけて入っていた人工呼吸器を抜かれる。

喉が痛い感じ。

吐き気がないことにホッとする。


酸素マスクをつけられて、病棟へ。

ローカに出た瞬間、辺りが暗いので夜だとわかり驚く。


病棟の観察室へ入る。

心電図等のモニターをたくさんつけられる。

その後、婦人科の主治医が来てくれて、「くまっこさん、お疲れ様でした。今、夜の23時です」と聞いて、さらに驚く。

子宮を残そうとしたけど、ダメだった・・・ということも、この時に聞いた。

そうなるものだと覚悟していたので、冷静に聞いてました。


その後、肛門科の主治医。

「予想以上に大変なオペになったので、今日はゆっくり休んでください。詳細は、また元気になってから話します。ステントは全て取れました」

と言われる。


その後、主人と義母が顔を見せてくれて、「お疲れさん。よう頑張ったな」と言って、すぐに帰って行った。

もう時間も時間だったので、本当に一瞬顔を見せてくれた…と言う感じでした。

こんなに遅くまで2人を待たせてしまって、本当に申し訳ないなと思っていた。


麻酔は効いているけど、結構いろんなことを考えていた。

吐き気も痛みもなくて、体は思ったより楽でした。

7年前の方が、吐き気はするし痛みも微妙にあるし・・・で辛かったような・・・。


口にあてられている酸素マスクが本当に煩わしくて、外してしまいたかった。

本当に酸素が出てるの?って感じで。

口元を覆われていることで、余計に息苦しく感じてたんだよね。

こんなの外して、自力で酸素吸いたい!って思ってました。


あと、枕がなくて頭が低くなっていたので、余計に息苦しく感じたのかも。

枕ほしいな~と思ったけど、ナースコールがどこにあるのかもわからないし、諦めた。


右腕に巻き付けられた自動血圧測定器が、一定の時間がくると締め付けて血圧測定をするんだけど、これがメチャクチャ痛くって・・・。

キツク巻きすぎやで~って思ってた。

後日外したときに見たら、内出血してたよ・・・。


麻酔がよく効いているので、うつらうつら・・・って感じなんだけど、一定の時間で血圧計に締め付けられ、足の血栓予防の機械に締め付けられ、脇の下に体温計を突っ込まれ、なかなか眠れない。

まあ、オペ直後はこんなもんだよね。


その後しばらくして、急に頭を持ち上げられて枕を入れられる。


やったー、枕だ。

これで、呼吸が楽になるわ~。


とか思っていたら。


あれ?これ、氷枕だ。

そうか、熱があるんだ~。


と思った。

自分では、発熱している感覚はなかった。


途中で、体位変更にこられて、体を右に向けてくださった。

7年前は、この体位変更で痛みが走ったけど、今回は全く痛くない。

なんで?

でも、凄く楽だ~、とひそかに喜ぶ。

その後、今度は左向いても痛みがなく、硬膜外麻酔&麻酔医に感謝していた。


コンタクトレンズもメガネもかけていないと視力がかなり悪いので、周りがよく見えず、今一体何時なのかもわからず、あまり眠れない夜を過ごしました。

長かったよ~・・・。


そのうち、ゆっくり外が明るくなってきて、初めて自分が窓際のベッドに寝かされていたことに気づく。

こうして夜が明けて行きました。



続きます。

入院記録 その1

オペの日の流れと、オペの内容をざっと書いたので、これからは入院中の内容を書いていきます。



10月14日(日)


お昼前に入院。

昼食が出ていて、ビックリ。

8月のときは入院した日から絶食だったので、何かの間違いだと思って主人に食べてもらう。


ところが、今日いっぱいは食事が出て、明日から絶食だ・・・・・と後で聞かされる(笑)

お腹すいた・・・。


日曜なのに、主治医が来ていて、オペ前の説明を聞く。

8月に聞いたのと大体同じだけど、合併症やリスクを聞いて、ちょっと怖くなる。

でも今さら逃げられないので、あまり考えないようにする。


夜はしっかり食べました。

メインがちくわの蒲焼でびっくり。

最後の晩餐は、ちくわでしたくま


お昼を食べていないのでとてもしんどく、今日は点滴も入れないとのことなので、自分でエレンタールを要求(笑)←こんな患者いないよねあせる

鼻チューして寝ました。


お隣さんが夜中0時頃までテレビをつけられていて、その光がチカチカして眠れず・・・くま



10月15日(月)


オペ前日で、朝から絶食。

この日は、1日中オペ準備で忙しく、主人ともゆっくり話せない状態でしたくま


朝9時前から、剃毛とおへその掃除。

9時~お風呂。

9時半~1階の入退院事務所で、入院の手続き(昨日は日曜のため、できなかった)

その後、洗濯。

10時~下剤のムーベンが始まる。何度飲んでも嫌な味。気持ち悪くなりながら飲む。

その後、点滴のラインをとり、点滴開始。

13時前~婦人科の説明。

いろいろ席を外したりしたので、下剤を飲み終わったのは14時前汗

本当は2時間で飲まないといけないんだよ~くまあせる


14時~ストーマのマーキング。ストーマ造り直しになったときのため、位置決めをしてもらう。

お腹に油性マジックでマーキング。消さないようにと言われる。

15時~婦人科の診察。ステントの位置の最終確認。


これ以外に、時間は未定でオペ室ナース、麻酔医の説明あり。


硬膜外麻酔に関して、麻酔医に話す。

過去3回のオペで、硬膜外麻酔が入っているときの吐き気が辛かったので、吐き気のない麻酔をお願いする。

麻酔の調合によって違うらしく、普通はモルヒネのような麻薬を混ぜているそうなんだけど、その麻薬の部分に対して吐き気が出る人がいるとのこと。

量を調整してみると言われて、ちょっと安心。


13時、14時、21時に抗菌薬を飲まないといけなかったんだけど、なぜか21時の分を19時に飲んでしまって、焦るあせる

多分、21時=9時だから、9時だというのがいつしか頭の中で19時にすり替わっていたんだと思う(笑)


慌てて看護師さんに報告するも、「ああそうですか~」というおっとりした返事。

その後先生に確認してもらい、「飲んでしまったものは仕方ないので、いいです~とのことです」と言われる。

本当に大丈夫なのか不安になる汗


20時、肛門科の主治医が来てくれて、マーキングの位置を確認。


睡眠導入剤(アモバン)を飲んでも、ほとんど眠れず・・・。

過去3回のオペで、オペ前日に眠れなかった事なんてなかったので、今回のオペについてはいろいろ自分でも考えるところがあったんだと思う・・・。




続きます。




オペの内容について

オペの内容については、後日主治医から聞きました。


今回のオペ前に、いつもはレミケードが切れると開いていた皮膚瘻が、ここ3ヶ月くらい閉じたままだったので、皮膚瘻の場所は切除せずに済むんだ~と勝手に思っていた私。


でも、結果的には切除されてましたあせる


何度も、開いたり閉じたりを繰り返していたので、腸管は癒着もあったりして「ちょっと見過ごせる状態じゃなかったので、切りました」と。


病変がストーマの近くだったら、病変のところから切除してストーマを造り直し、病変がストーマより離れた場所だったら、病変部分だけを切除でストーマはそのままと聞いていたんですが、結果的にストーマから近かったので、病変部分から切除になりました。

切ったのは、15cmくらいだそうです。


私は、過去の小腸造影の検査等で、ストーマから近い場所に病変があることを知っていたので、病変部分から切除になって、ストーマはどこか別の位置で造り直しになるんだろうなと思っていました。


結果的にストーマは造り直しになったんですが、場所は前と同じ位置にしてくださっていました。

なので、オペ後麻酔の効いた朦朧とした意識のなか、自分でストーマの位置を確かめたときに、以前と位置が変わっていないので、皮膚瘻の部分は切除していないんだと思いこんでいたんですよねあせる



オペは、まず皮膚瘻病変切除をして、ストーマを造るところからだったそうです。

それが終わった後、ストーマよりも下側の腸管・肛門摘出にとりかかったそうです。


でも、ステントが予想以上に子宮に食い込んでいて、本当に大変だったんだとか。

お腹から腸管切除しようとしても、小腸直腸吻合部に入っていたステントが、前は子宮頚部に食い込んでいて、後ろはなんと仙骨に食い込んでいたんだとか。


こんな状態だったのに、何の痛みも感じずに元気に生活していた私・・・。

本当に、怖いです。


お腹側からの摘出を諦め、お尻側からトライしたけど、これも不可能・・・・ということで、ここで婦人科の先生を呼んでバトンタッチしたそうです。


以前にも書きましたが、子宮はとても出血しやすい臓器で、一度出血が始まるとどこから出血しているのかわからないくらいどんどん出血して、命の危険に関わることがあるそうです。

なので、ステントだけを除去・・・というのはとてもリスクを伴うので、それならばいっそ全摘出のほうが最小限の出血で抑えられるという話でした。


どうにかして子宮を残そうとしてくださったそうですが、結果的に不可能ということになって、全摘出になりました。


その後、もう一度肛門科の先生にバトンタッチになって、直腸等の摘出が行われたようです。

仙骨に食い込んでいたステントは、骨を削って取り出したんだとか。

削った骨は再生しないけど、問題ないんだそうです・・・。


ステントは、一度鋏を入れてバラバラになってしまうと、1本1本が凶器だったようです。

先生も、体の中に手を入れるたびに「イタイっ」って感じだったんだとか。

血でよく見えないし、本当に視界不良の中、摘出してくださったようです。

何度も放射線をあてて、体の中にステントが残っていないかも何度も確認してくださったようでした。


摘出したものを私は見ていないんですが、主人と義母は、見たそうです。

義母はナースなんですが、それでも、摘出したものを見ると「体が震えた」そうです。

先生も、「よく今回オペを決断してくれたと思います。これがもっと先延ばしになっていたら、もっと大変なことになっていたと思います」と言われたそうです。



今回のオペは尿管の近くだったり、大事な神経が通っている場所の近くだったりしたので、神経を傷つけないように細心の注意を払ってくださいました。

もしも神経損傷ということになれば、自力で排尿できなくなるとか。

オペ前に、そのリスクの説明も受けていました。


それから、直腸肛門摘出のオペは、摘出したあとの空洞に水が溜まりやすくなり、そこから感染する・・・というのが割と高い確率でおこるというのも聞いていました。


でも幸いにも、7年間ストーマを置いていたことでお尻は休んでいて、活動病変が無くなっていたことで、お尻の傷も最小限で終わったと聞きました。


結果的に、メスを入れてから縫合終了までが11時間だったということで、その前の麻酔の準備やら、オペ後の後処理を入れたら、もっと時間のかかったオペだったんだろうと思います。

携わってくださった、全ての先生・スタッフに、ただただ感謝です。


長時間の麻酔とオペに耐えられるだけの体力のあるときにオペを受けて、本当によかったです。

これはオペ後の回復力とも関係があるので、本当に実感しました。




インフルエンザワクチン

今日は、地元の内科に行ってきました。

インフルエンザワクチン接種のためです。


お昼前に行ったんだけど、結構患者さんでいっぱい。

ほとんどの人がインフルエンザワクチン接種だったみたい。

幼児やお年寄り等、やっぱり免疫の弱い患者さんが多かったですね。


問診票に、気になることを記入するようになっていたので、10月16日にオペを受けたことを書いておきました。


この近所の内科の先生は、クローン病の事ばかり聞きます(笑)

風邪をひいて受診したときも、クローンの調子はどうかとか。


基礎疾患を持っているので当たり前と言えばそうですが、インフルエンザワクチン接種に行っただけでも、最近のクローン病の調子を気にかけてくださいます。


脱水を防ぐために、東京の病院ではソリタ顆粒を出してもらっていたんですが、昨日で無くなりました。

もうしばらく続けたほうがいいかなと思って、先生にソリタ顆粒を出してほしいとお願いしました。


「あんなの、まずくて飲めへんやろ。

OS-1のほうがいいよ」


って。

だから、飲むんじゃなくて夜間のエレンタールに混ぜて、水分の吸収をアップさせたい旨を説明。

ようやく納得してくださった感じで、処方してくださいました。


昨日、クローン病の方の病院にかかったのに、そっちで出してもらえば余計なお金かからなかったんだけどねあせる

まあ、必要なものなので。


そんなこんなで、クローンの話ばかりした後、ワクチン接種していただきました。

抗体ができるまで2週間だったかな?

インフルエンザが流行する前には抗体できそうです音譜


その後、お隣の薬局へ。


ソリタ顆粒なんてマイナーなもの、絶対おいてないよな。

絶対取りよせだよ・・・くま


そう思っていたんだけど、やっぱりその通りでした。

今日中に間にあったら電話してくださるということに。


先ほど電話をもらったので、取りに行ってきました。

午前中に薬局行っておいてよかった~。

これで今晩のエレンタールもしっかり吸収してやるぞっチョキラブラブ


オペの日について

10月16日に受けた、オペの日の流れについて書きます。



オペは、朝9時から始まりました。

と言っても、9時くらいにオペ室に到着したのかな。


オペ室の前で、内科の主治医が2人待っていてくれて、思わぬサプライズに泣いてしまいました。

優しい先生たちです。


その後、オペ室に入って着替えをして、5番のオペ室まで歩いて移動。

まだ涙が止まらない私。

横を向いて、硬膜外麻酔のチューブを入れて、上を向いてからも、まだ涙が。

もはや、何で泣いているのかよくわからなかった(笑)


いろんな人への感謝の気持ちとか、目が覚めたら子宮を失っているのかも・・・とか、本当にこのオペやってよかったんだろうか・・・とか、いろんな気持ちが交錯していました。

でも不安の涙ではなかったよ。

でも、過去にも3回オペ経験があるけど、オペ直前に泣いたのは今回が初めてだった。


オペ室の看護師さんは何も言わず、そっと涙を拭うティッシュ?か何かを渡してくださいました。


その後、口と鼻を覆われて、何かを嗅がされた?んだけど、意識はしっかり。

ただの酸素だったのかな?


その後、看護師さんの


「はい、じゃ眠くなっていきますね~」


の声を聞いて、静脈から麻酔が入って行ったのか?ふ~っと意識がなくなりました。




オペ時間に関しては、未定と言われていました。

それだけ、時間の読めないオペだったようです。


順調にいって5時間くらい、長引くと夕方になるかも・・・と聞いていました。

でも、オペを受ける患者からすれば、麻酔で眠っているので本当に一瞬なんですよね。

オペをしている先生方や看護師さん達や、待っている家族の方がとても大変だったと思います。


実際のオペは、予想以上に時間がかかったようです。


オペには、主人と義母が来てくれていて、談話室でずっと待っていてくれたようです。

この、待っているだけの時間って、本当に辛いんですよね。

私も、オペを待っている側も体験したことがあるので、よくわかります。


主人や義母の話によれば、14~15時くらいに一度呼ばれたそうなので、もしかして終わったのかなと思ったそうです。

そしたら、婦人科の先生が「今から入ります」という報告でした。


今回のオペは、肛門科の先生と婦人科の先生が両方入ってくださっていました。

終わったのかと思ったら、今から婦人科が入る・・・ということだったので、まだまだ終わりそうにないなと思ったそうです。


その後、夕方?か夜?くらいにもう一度呼び出されたそうで、そのときは、「どうしても子宮を残せそうにないので、全摘出に切り替えます」という報告だったそうです。


全摘出になるかもしれないというのは、私もちゃんと聞いていました。

むしろ、そうなるものだと覚悟していました。

でも、先生方はギリギリまで残そうと頑張ってくださったようです。


その後、主人と義母は、また談話室へ。

すっかり夜になっていたようです。

そこへ、当直の看護課長さん?が来てくださったようです。


長引くオペに不安を感じて、主人と義母はいろいろ聞いたようです。


こんなに長時間のオペで、体力はもつのか

先生は大丈夫なのか


ちゃんと安心させるような返事をしてくださったそうです。


「まだまだオペは終わりそうにありませんので、今のうちに夕食をとられたほうがいいですよ」


と言ってくださったとか。

じゃ、何かコンビニで買ってきて、ここで食べようか・・・・と話していたら、


「大丈夫ですよ。1日お疲れになっていると思うし、外へ出られて何か温かいものを召し上がられたらどうですか」


と気遣ってくださったそうです。

何かあったときのために、携帯番号を教えて、2人は外へ出たんだとか。


その後、食事が終わって戻って来ても、まだオペは終わっておらず。

私と同じ部屋に入院していた患者さんも、主人と義母を気遣って、お茶やお茶菓子をくださったり、何度も声をかけてくださったようです。


そして。

ようやくオペが終わったのは、もう夜でした。

正確には・・・・。

何時だったんでしょうか。


私がオペ室で起こされて、麻酔から覚め、オペ室を出たときは辺りが暗かったので、


「え?もしかして、夜?」


とは思ったけど、せいぜい19時くらいかなあ・・・と思っていました。


その後、病棟の観察室へ戻り、血圧計だの心電図だの、いろんな計器をつけられて、その後婦人科の先生が来てくれたときに、


「くまっこさん、わかる?

今ね、23時」


って聞いて、本当にビックリしました。

23時????

一体何時間のオペだったの?って。

まさに1日がかりの大手術になったようでした。


さぞかし、主人も義母も疲れきったことだろう・・・と申し訳なかったです。

オペ前の状態について

今回のオペについて、とにかく覚えているうちにまとめておこうかと思います。


まずは、オペ前の状態について。

いろんな人に、何度も過去の病歴を聞かれるので、一応ざっと書いておきます。


過去3回のオペで、大腸は直腸以外全摘出。

小腸の終わりをWの形に縫うWパウチ作成。

Wパウチと直腸を吻合。

吻合部が狭窄を起こしたため、Zステント留置。

お尻悪化のため、Wパウチの上側に小腸ストーマ造設。

ストーマより上側の腸管に瘻孔ができて皮膚瘻を形成。



今回のオペの目的は、7年前に作った仮のストーマを永久ストーマに造り替えるオペでした。

もともと7年前のストーマオペのときから、2度と元に戻す予定はなかったし、残しておいた直腸の癌化も怖かったので、最初から永久ストーマをお願いしました。

しかし、当時は先生の反対にあい、仮のストーマで・・・ということになりました。


なぜ反対されたのかというと、「永久ストーマのオペは本当に大変なオペなので、今回は仮のストーマでいいと思う。

また何年後かに永久のストーマに変える・・・ということで」と言った感じでした。


患者側からすれば、これで最後の開腹にしたいと思っていたので、またいつか永久のオペをしないといけない・・・というのが本当に気が重かったです。



仮のストーマを作ってからはようやく体調も安定し、長期入院することがなくなりました。


35歳のときに、ようやく妊娠許可が出たけれど、なかなか授かれず。

あれから5年。

不妊治療は40歳までと決めていたので、そろそろ諦める時期に来ていました。


治療を続けて行くうちに、婦人科的な問題が見つかり、そのためにオペを受けることになりました。

ただ、婦人科だけのために開腹をするのは勿体ない・・・・ということで、どうせやるならいつかやらないといけない永久ストーマのオペも同時にということになり、今回のオペに至ったわけです。


当初は8月にオペ予定で入院したのですが、オペ前日になって問題が発覚しました。


小腸と直腸の吻合部に入れているZステントのせいで、MRIも撮れないし、そこから皮膚瘻にもなったし、とにかく問題が多かったので、このZステントを切除するというのも目的でした。


12年前に入れたステントですが、なぜか大きくねじ曲がったような状態になっていて、このステントの一部が子宮に食い込んでいる恐れがある・・・とわかりました。

子供を望んで・・・のオペなのに、最悪子宮全摘出になるということがわかり、8月のオペは中止になりました。


その後、いろいろ考えました。


ステントが体の中にある状態での妊娠は許可してもらえなかったので、どちらになってもステントを取り除かない限り前へ進めない。

結果的に子宮全摘出になったとしても、仕方がない。


自分の中でちゃんと気持ちの整理をつけて、もう一度オペにトライすることにしました。

それが、今回の10月のオペです。



妊娠を望んでいなければ、今回のオペはやっていなかったと思います。

それだけ、体調も安定していて、腹痛も全くないし、オペをやらなくても元気だったからです。

でも、ストーマより下側の腸管を長期間にわたって放置していると、最近チラホラと癌化する傾向にあるようで、癌化予防の意味もあってオペに踏み切りました。

それでも、妊娠を望んでいなければ、永久ストーマのオぺはずっと先延ばしにしていたと思います。

今回、思い切ってオペを受けて本当によかったです。

その理由は、オペの内容のところで書いて行きます。